スポーツ・カレー・ミュージック

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僕と若月のブルース-推しの卒業を味わってみて-

推しの若月佑美乃木坂46から卒業ということで名古屋に行ってきました。新幹線で行くと1時間半で着くために気持ち作る前に(帰りはクールダウンする前に)着いちゃってどうにも遠征した感じがしない名古屋に行ってきましたよ。先に言っておくけど、特にドッカンドッカンウケるオチもないし、おお!すげぇ!となるようなネタもなく、ただただ自分と若月さんの思い出話でしかないです(ので「時間泥棒!」とか「金返せ!」とかのクレームは受け付けませんw)

 

とうとう若月が乃木坂から卒業発表されたのはつい一週間前くらいの話。

blog.nogizaka46.com

正直驚きはなくて、昨年の東京ドーム公演2日目に不参加の時点で「もう時間の問題かな、来年くらいかなー」なんて思ってたくらいだから「あ、そう。このタイミングか」って思ったくらい。

ただ11月いっぱいで卒業ということで、直接若月と話せるチャンスは10/8の名古屋での全国握手会しかないだろうなぁ、芸能活動続けるというてもまぁ最後くらいは・・・と思っての緊急遠征。

新幹線に乗って車窓からの景色を眺めていると自然といろいろな事がフラッシュバックしてきた。
初めていった極楽門でのこと(詳細が気になるもの好きな人がもしかしたいるかもなので下記にリンク貼っときます)とか初めて「走れ!Bicycle」で選抜に選ばれた直後の握手会で今後のこと超まじめに話したりとかアイドルっぽい恰好をしようと頑張った若月をいじり倒したりとか。

ippyiwa.hatenablog.com

そういう嬉しい楽しい思い出もある一方で「俺は真夏嫌だ」事件とかもあったなぁとか。今でこそ秋元真夏かわいいとか言ってるものの、選抜復帰当初はすごい嫌だった。幸い若月が押し出されることはなかったけども、初めて選抜になった次のシングルだっただけに気が気でないというか「なんなんや!!」とはなるわけですよ。
俺が怒ってもしょうがないし、そんなものを若月に言ってもしょうがないんだけど、「もう二度と言わないから話聞いてくれ」ってすごいまとめだしして話聞いてもらったんだよなぁ。血気盛んだったなぁと思うし、若月あのころから大人だなぁとも思うけど。

www.youtube.com

(ちなみにこの話のオチとして「16人のプリンシパル Duex」を通して真夏を見直すというか誤解してたのかもなぁと思わされて「勝手に怒って勝手に謝りに行くのもおかしいけど、謝りに行こう」と決意し、わざわざ個別握手会で秋元真夏の券を取って「これこれこうでしたけど、かくかくじかじか僕が間違ってました。ごめんなさい」ってまじめに謝りに行くんですけどね。謝りに行く前に若月に「昔真夏嫌だって言ったけど、考え変わったんだけど、なんか申し訳ないから謝ってくる、今から」みたいなことを言ったらすごい嬉しそうだったな、そういえば)
若気の至りという意味ではそれこそ離脱する直前くらいまでは月に一回、若月の活動を見ての感想と思ったことを伝える手紙を大真面目に書いて送ってたり(黒歴史)。もはや手元に届いたかすらわからないし、あんなん読んだかすらわからないけど、筆不精となった今ではよくあんな書けてたなぁ・・・と自分の事ながらに感心する。

となんか長くなってしまったし、まだまだ書けるんだけどなんか本当に楽しかったし、いわゆる「推し」というよりは友達というか戦友というか。なんかそういう感情が強かった気がする、今になってみると。

 

そんなこんなで名古屋に到着し、会場であるメッセポートなごやがある金城ふ頭へ友達と。金城ふ頭はあおなみ線という電車の終点。レゴランドのある駅なんですが、駅の周りには本当に何もないというまぁプチ僻地というか陸の孤島っぽさをちょっと感じたほど。(そして個人的にもあおなみ線初乗車。)

 

で握手待機列へ。結局2回握手したんだけど、1回目は1時間半くらい。2回目はまとめ出しの人も自分より前にそこそこ並んでたから2時間くらい。
今日が最後の握手会だからわしはまぁもう諦めてしゃあなしで並んでたんだけども、今全国握手会ってこんなにしんどいの・・・ってのが正直な感想。(「もう二度と全国握手会はこねぇわ・・・まぁ来ることもないんだけど」っていう一人ノリツッコミ何回したかわからんわ)

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(生誕委員の方々色々お疲れさまでした)

で、若月なんだけども、今まで徹底して干してた名古屋なのに特に驚いた様子もなく、一回目はいつも通り「おう!」みたいな感じ(と言っても久々なんだけどね)。行く前からそうだろうなと思っていたし、それを望んでいたところもあったので本当にありがたかったんだけども。
で、二回目の最後の握手はまとめ出しの枚数分時間ちゃんと取ってくれた(横の西野レーンと比べたらダメなんだろうけど、あのペースだった厳しかったかなぁってのが正直な気持ち)ので「楽しかった、これからもよろしくね」的な事話すには十分すぎるくらいの時間が貰えたかなと思う。一つのいい区切りになったなぁと思いつつ「またねー!」と言い合い、去ろうと背中を向けた瞬間、若月がある一言。(詳細は美しく残しておきたいので言わないけど)
もし振り返ったら、友達が直前にいなかったら、BGMが「ジコチューでいこう」じゃなかったら。一つでも違ってたなら泣きながら金城ふ頭駅に歩いていたなっていうくらいの色々なものが感じられる言葉とタイミングだった。いいこともしんどいことも欠けていた時間も全部を含めてこう言ってもらえるならファンとしてはこれ以上望むべくもないほど幸せだと思えた。ありふれた言葉だったかもしれないけど、100の言葉を尽くされるよりも雄弁な1つの言葉の存在、そして喜びというのを知れたような気がする。
もしかしたら自分の勘違い思い込みも多分にあるのかもしれない。いや、勘違いや思い込みであったとしても結構、むしろ大歓迎かもしれない。これから女優としてステップアップしていこうとする彼女がそう思わせてくれたならばそれはそれで本望というか光栄な事だと思う。きっといい女優さんになれるよ(笑)

 

あの日、たまたま選んだCDから出てきた写真が若月で本当に良かった。とりあえずいい6年であった。

 

 

Love My Negicco Years-Negicco結成15周年ライブ『love my 15years at 朱鷺メッセ』に行ってみて-

久しぶりにNegiccoのライブへ行ってきました。ちゃんと見るのはそれこそ「マワループ」以来。(リリイベに一回行ったのと昨年末に一回行ったんだけど、後者の方はロビーでずっとマネージャーの熊倉さんと談笑して終わった)

一年三か月前に「若月佑美さんに三年ぶりに会いに行った」みたいなエントリーを投稿しているので

ippyiwa.hatenablog.com

もはや久しぶりにアイドルを観に行ったことを報告するブログとなりつつありますが、とにかく観に行ってきました。

 

 

最初は行く気がなかったのに行ったのは単純で、告知のポスターに「ネギさま!Bravo☆」のフレーズが書かれていたから。

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個人的にもNegiccoで一番好きな曲だったし、Negiccoの15年の歴史的に見ても解散を救った曲と言ってもいいわけで「15周年らしい良いライブになるかもなぁ」なんて思っていこうと思った次第です。

(「歴史的に見ても」というところがわからなければ https://deview.co.jp/Interview?am_interview_id=15 この辺の記事を読んでください)

 

で、実際のライブとセトリはこんな感じ。

natalie.mu

新旧いろいろと織り交ぜ、15年間の歴史と積み重ねてきたもの、そして現在地というのを表しきったいい構成、セトリでした。(ネギさま!Bravo☆やったから高評価というわけでもないけど、フルコーラスのネギさま!Bravo☆はとてもうれしくて、嬉しすぎて笛吹きながら泣いてました)


Negicco 2010/09/23#1【ネギさま!Bravo☆】

 

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客観的に言ってしまうだけではとても味気ないので感想も少し。
「サンシャイン日本海」聴いててもちょっと胸が痛くなるあの感じとか「光のシュプール」の時の大げさではなく、全員で一丸となれたあの日々の事とか。いちいち書いていくとキリがないくらい(自分が通ってた頃の曲に限ってだけど)どの曲も色々な感情が湧き出してきました。あと当時覚えていたダンスとかコールっていうのも(それこそ二年ぶりとかなのに)ちゃんと覚えてて、自分の人生に確かにNegiccoが存在したこと、そしてNegiccoの歴史の片隅に自分がいたことというのを確認できたライブでした。
もしかしたらこれは自分だけじゃなくて、新規古参現役他界した人とか関係なくて、Negiccoにかかわった全ての人のその歴史を肯定してあげられるような、一人一人が「Love My Negicco Year(s)」できるようなステージだったのかもなぁと思ってます。

Negiccoという存在に本当に多くのものを与えてもらったし、メンバー含めてみんなで楽しい月日を送れていたんだなぁと気づかされた感じです。誰かお礼を言っておいてください(笑)

今だからまぁもう言っていいと思うんだけども、真意や舞台裏がどうであれNHKホールでの「武道館諦めます」で気持ちの糸が切れたし、その直後の日本海夕日コンサートで本当に失望感を覚えて、「もう行かなくていいや」っていう気持ちになったのも事実だし、誘ってもらっても断ってたくらい(Beatramは生まれ故郷の富山でやったらから行った、マワループはモーニング娘。のリリイベで行ったら連行された感じ)。ただそれは自分の中で「Negicco=武道館を目指すべきもの」みたいな意識があったからなんだと思います。

 

Negicco at NHKホール~TADAIMA~2016 Summer(BRD) [Blu-ray]

Negicco at NHKホール~TADAIMA~2016 Summer(BRD) [Blu-ray]

 

 

ただ今回のライブでなんとなく思ったのは曲やライブを通して誰かの思い出や人生を少しでも彩ってあげられるような、今回自分が経験したように誰かを肯定してあげられるような。そういう存在で「あり続ける」というのが今の、これからのNegiccoの目指すべく方向というかできることというか強みというか。変に先を見すぎずに一歩ずつやっていって、どんどんそういうグループになっていってほしいなと思います。

 

 

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以下余談

 

個人的にはどこかの誰かには「次のライブもお待ちしてます」とか言われたし、ヲタクには「次いつくるの?」って聞かれたり、「戻っておいで」とか言ってもらえて2年も前にヲタクとして死んだ人間に本当にありがたいなぁと思うんだけども、今後は何も決めてません。このままお盆だけ来るっていうキャラもそれはそれで面白い気もするし。
ただNegiccoをこれからもずっと見たいと願っていても、それがどうしてもかなわなくなってしまった仲間の代わり(というのもおこがましいけど)に見届けるというのもいいのかなと思ったりもしていますけどね。(「お前、ネギさまやったからって調子乗るなよ」って無表情で言うてそうだけどねー、あのおじさんw)
まぁそんな感じです。

三年ぶりに若月佑美さんに会いに行った話

乃木坂46の握手会にいってきた。あらかじめ言っておくが、この話にオチはない。

 

バレッタ」から行かなくなっているので3年数ヶ月ぶりである。

なんでそんな久々に乃木坂46の握手会に足を運んだのかというと金曜にアンダーライブを観ていたからでもないし、3期生に逸材を見つけたわけでもない。ただなんとなく推しに会ってみようと思ったからである。

 

自分の乃木坂46の推しは「ぐるぐるカーテン」の頃から一貫して若月佑美という子である。推しとなった理由は少し変わっていると思う。

 

実はデビューする直前までの乃木坂46には興味がなかった。「ぐるぐるカーテン」の全国握手会(確か3/3によみうりランドでやったやつ)の前日、前々日と先輩に付き合って他のアイドルの握手会に行っていたので「それなら三日連続で行ってみるのもいいだろう」、そういう気持ちで握手会に参加したのがきっかけだった。

そんな動機なもんだからそもそもメンバーがわからなかった。CDを買った帰り道で一生懸命メンバーを調べたけども、どれもピンとこない。そこで開き直った自分は縁も大事ということで「封入されている生写真の人にしよう」ということでめでたくひいたのが若月佑美さんだったというわけです。

で、握手会当日。ちんたらとよみうりランドに行ったはいいものの、はてさて話す内容がない。そりゃそうだ、写真を引いたという理由で来ただけなんだから話せる内容などあるはずもない。無理に繕ってもしょうがない、別に次があるわけでもないし、ありのまま言えばいいやと、「写真が当たったんで、これも縁かと思って握手をしにきました」。そう若月に伝えたところ、「え!それできてくれたんですか!すごい嬉しいです!大事にしてくれますか?大事にしてくださいね!またきてください!」。そんな反応をされた。あの時は極楽門の外で剥がしも二人一組に対して一人しかいなかったので、もう少し話をしたような気もする。まぁ細かいところはもう忘れてしまったが、「大事にしてくれ」と言われたこと、自分が剥がされてもなお手を離そうとせずに話しかけてくれたことはしっかりと覚えている。「あ、ありがとうございますー」くらいの対応を予測していた自分からするとすごい食いついてくる感じというかなんか一生懸命な感じと当意即妙な返しができるところが気に入って推すようになる、と流れである。

その後、写真を集めているヲタクに声を掛けられて、その大事にしろと言われた写真を交換してくれとお願いをされたのだが、「本人に大事にしろって言われたんですよ」という理由で断らせてもらった。サインが何かが入っているわけでもなく、何千と印刷された単なる印刷物。また同じものを手に入れればいい話なのだろうけど、どうしてもその時は手放せなかったし、今も手放さずに持っている。(下の画像)

 

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閑話休題。そこから定期的に若月のイベントに参加するようになったのだが、初めの方は若月のお客さんは本当に少なかった。

いわゆるまとめ出し(枚数の分だけまとめて握手する時間が確保されるやり方)をしようと思って取ったチケットもなんだか申し訳なさを覚えてループ(1枚出しを繰り返すやり方)に切り替えた事は一度や二度ではない(というかデフォ)。

その分一期生の割に初選抜を一緒に喜べたりとか徐々に人が増えて行く感じなんかを体感できてそれはそれですごく楽しかったんだけども。

 

そんな中「バレッタ」で二期生が入ってきて、二期生にどうも納得がいかないと思っていたし、自分も自分で忙しくなって、行けずじまいになっていくうちに自然と足が遠のいて三年と数ヶ月・・・だったわけですが、これがなぜ行こうと思ったかというと平たく言えば「飲み会の勢い」である。

 

新年早々安居酒屋で友達(ヲタ2人)と喋っていた時、「アイドルはどこまでファンを覚えられるのか」という話題になった。

 

友人S「なかなか覚えられないけど、一回覚えたら忘れないって子もいるよね」

友人U「あーそれ、わかりますね」

わい  「でもほら、時間経つと忘れるやろ。若月とかもう俺忘れてると思うよ、三年経つし」

友人S「若月は絶対に覚えてる。あの子は頭いいし、最初にいた人は覚えてるでしょ」

わい  「いやぁそんなことねぇだろー。じゃあ今度行ってみるか!」

 

こんなノリである。覚えられてることを期待してたわけではなかったけども、今握手会の動員もすごいと噂に聞く乃木坂46のメンバーが果たして覚えられてるものかという興味本位だった面もなかったとは言えない。ただまぁダメで元々、とにかく行ってみることにした。

 

そしていざ行ってみたらこんな具合である

 

毎回のべ数千人相手にすることを3年繰り返していたのだが、のべ数万人の顔くらいは見ているはずだと思う。にもかかわらず、三年ぶりに顔見ただけで反応されるのだからありがたい話である。それだけじゃなくて暖かい言葉をかけてくれて、それでなにかが(何かは自分でもよくわからない)救われた気持ちになったんだから、アイドルというのは本当にすごい仕事なのかもしれない。

規模が大きいアイドルだとどうしても時間が短いし、コミュニケーションの不完全燃焼ってのも覚えると思う。でもそれってきっと時間の長さの問題とかじゃないんじゃないかと思う。目立つ服装してなくたって、名前を名乗らなくたって(どっちも俺やってねぇ…)案外アイドルはヲタクを見ているし、真摯に向き合ってくれてるのかもしれない。

そう思わされた日曜日でした。

 

会場を出て見上げた空があまりに青く綺麗で、思わず僕はこう呟いちゃいましたよね

 

「何度目の青空か・・・」

 

 

https://www.instagram.com/p/BTOTsN-g5w_/

何度目の青空か←

 

「プロ野球・二軍の謎」

いよいよプロ野球2017年シーズンが開幕しましたね。

昨年は我がカープは優勝というものを味わえて、今年ももちろん優勝を目指して欲しいんですが開幕2試合は投手がどうにもピリッとしませんねぇ。先発が先発の仕事を果たしていない。雨の影響もあるからジョンソンはともかく、不運があったとは言え四球で自滅した岡田明丈は実にひどかったですね。いっぺん二軍で鍛え直してこい、と思った人もきっといるでしょう。

というように調子が悪かったりすると「二軍へ行け」とよう言われますが、その二軍。どういう活動をしているのか、アメリカのマイナーとどう違うか。ちゃんと説明できる人は案外少ないのではないかと思います。とりわけ後者の方は日本と似てるところもないとは言えない一方、全く違うところもあったりするのである程度野球の知識ないと厳しい分野。

 

この辺をすっきりわかりやすく説明してくれたのが田口壮著の「プロ野球・二軍の謎」(幻冬舎新書) 

プロ野球・二軍の謎 (幻冬舎新書)

プロ野球・二軍の謎 (幻冬舎新書)

 

 田口壮さんは2016年よりオリックスの二軍監督を務めていますが、現役時代はオリックス内野手として入団後、イップスにより外野にコンバート、そこからイチロー本西厚博(後年は谷佳知)と鉄壁の外野陣を築き、FAでカージナルスに移籍、メジャーリーグマイナーリーグを行き来しながらもフィリーズカブスと全3球団でプレー。日本人で一番チャンピオンズリングを持ってる人ですね。

このキャリアに加え、NHKの解説時代を知っている人ならご存知かもしれませんが、しゃべりも軽快な田口さんなので、本書も詳しくない人にもわかりやすく、詳しい人にも飽きないよう小噺を入れつつ書かれた一冊になっています。

 

章立ては5つから成り

第1章 プロ野球監督はなにをしているか

第2章 日本の二軍とアメリカのマイナー

第3章 二軍の試合が100倍面白くなる!?観戦ガイド

第4章 新人監督のマンスリー・ダイアリー

第5章 二軍監督という仕事

 となっています。

 

「第1章 プロ野球監督はなにをしているか」では24ページほどで二軍選手(と監督コーチ)の1日の流れや二軍の存在定義を一軍と比較しているのがメイン。

 

第3章 二軍の試合が100倍面白くなる!?観戦ガイド」の章は二軍監督としてファンに望むこと、ファンの存在意義的なことが少し書かれていて、そこはいい話なんですけども、章題にちょっと誇張があって、二軍球場ガイド的なものはウエスタンしかない上に文字だけの説明なので、編集が写真用意するとか球場のアクセスとか情報を記載しておくとか。もう少し内容を膨らませて(21Pしかないし)、興味をもった人が球場に行こうと思える仕掛けをしてみてもよいのではないかな、って感じです。

第4章は日経電子版のマンスリー連載を掲載し、シーズン終了後に加筆したもの。のちの第5章と合わせて、「二軍選手に何を期待しているか、どう育てていくか、どうなって欲しいか、自分は何ができるのか」というところが書かれてる感じ。オリックスに一切興味ないと飽きるかもしれないけど、オリックス二軍監督が書いてるんだからまぁしょうがねぇよなという感じ。

 

これだけ書いてるとあまり評価してない感じだけど、この本で一番読み応えのある箇所が「第2章 日本の二軍とアメリカのマイナー」。

長距離移動がバスで移動だとか食事がハンバーガーだとか。そういった意味で「マイナーリーグは過酷」とはよく言われてますが、それだけじゃなくマイナーであっても突然のレイオフがある現実や「オプション」と呼ばれるMLB独特の制度によってメジャーリーガーへの道が熾烈にならざるを得ない現実等。テレビだけではわからないメジャー(マイナー)の知識を補完してくれる感じですかね。

 

この章を読むと衣食住、道具、契約に至るまで日本の二軍というのはすごい恵まれているなとは思います。ただそれで「ハングリー精神がたらん!」というような精神論に持っていくのは違うと個人的には思っていて(精神論嫌いなんですよ)、純粋に競争のパイが多く、かつ競争が熾烈なのでMLBに残れるだけで相当の実力が必要であり、MLBはそういう人たちが集まった集団なのだな、と。そんな事を思わせる一冊でした。

 

日米野球の組織運営的な事に興味がある人には勧めたい一冊です。

古本屋でのどうでもいい話

ふと立ち寄った古本屋で読んだことはないのだけど、何故かタイトルに覚えのある本を見つけた。

自分の興味のある分野でも理解できる分野でもないのに何故覚えていたのか少し考えこんで、かつて親しかった友人がとても欲しがっていた本だったということは思い出す。

 

この本は既に絶版になっており、もう市場には出回っていない。大げさに考えれば、この本を手に出来るの最後の機会なのかもしれない。

 

しかし本当にこの本を欲しがっていた友人とも疎遠になり、しばらく経つ。もしかするともう2度と会わないかもしれない、その友達と会う最後の機会をもはや失っているのかもしれない。この本を「欲しがっていた本を見つけた、買っておいた。あげたいからついでに酒でも飲もう」と久しぶりに再会する口実にするのも有りなのかもしれないが、多分今お互いの人生にお互いが必要なわけでもなく、そもそもまだこの本を欲しがっているのかわからない。

どうしたものか迷った挙句とりあえず購入することにした。いつか何処かで会ってまだ必要としていればあげれば良い。しかしそんな機会がなかったら。結局その答えは出ることはなく、自宅への帰路でパラパラめくっては見て、改めて自分には必要な書籍であることを確認する。

 

人はもちろん本もCDも一期一会というかタイミングが全てなのだなぁ。